引っ越して、久しぶりに電車に毎日乗るようになった。住んでいるところから職場までは下り電車なので、のどかなものである。コーヒーを持ち込み、最初のうちはぼんやり毎日音楽を聞いて通勤していた。本を読めばいいということに気づくまで一週間ぐらいかかった。習慣的に読むようになるまで、さらに一週間。すっかり移動中に読むくせがなくなっていてびっくりした。
朝から本を読むというのは、朝からゆっくり聞きたい人の話を聞く、ということに近い。時間は限られているが、嫌いなら読まなければいいし割り込みで仕事が入って遮られることもない。するすると頭に言葉が入るのは快感ですらある。
割と読むのは早い方なのだが、ショーペンハウアーの『幸福について 人生論』は読み始めて一週間は経つがまだ1/5程である。読み応えがあるし、朝から風刺のきいた筆致で何が幸福かを語られるのは結構面白い。くたびれた帰りの脳には向かないけれど…。
電子書籍も考えてみたが、携帯端末の電池の減りや目へのダメージ、そして本の手触りを考えると、やっぱり文庫か新書かな、というところに落ち着いた。コーヒーは相変わらず持っているから、ハードカバーは読むのに苦しいし持ち歩くには少し重い。若い頃は荷物の重さに頓着せずに借りては読む生活を送っていたが、今はどちらかというと身軽さを取るようになった。月日がたったのだな、と思い楽しくなった。
2012年7月3日火曜日
2012年6月27日水曜日
書く、話す
春嵐氏(と、今後彼のことをそう呼ぶことにしよう)と出入口での予想外のニアミスで、いってらっしゃいの言葉もなんだか詰まって出てしまった。通り過ぎた後に振り返った気配があったような気がしながら、そのまま職場に入った。
話す言葉が近年どうにもうまく出てこない。噛む、他のことを挟んでしまって話の輪郭がぼやける。雑談する時間が来ると脳内は話題をのみこみ、更に提供できるものがないか探すのに必死になる。昔はここまで苦手意識はなかったような気がするのだが、もう勤め始めて6年も経つのでだんだんそれ以前の記憶は曖昧になってきている。
同じ作業をしているはずなのに、書いている分には比較的するりと言葉が出る。言葉も選べる。書き直せる。書きたいことを決めて、つないで、書いていける。2000字ぐらいなら、割と楽に書いてしまえる。このあたりはよく本を読ませてくれた祖父達や母に、あるいは(読んでいて面白いかは別として)文章を書くということに抵抗のない父に感謝せねばならないのかもしれない。
書くよりも話すほうが、言葉の消費され方やその勢いからして貯金も反射神経も要求されるような気がする。論理を崩さない緻密さと意志の強さも。文章のように書きなおしができないので冗長になってからでは遅いのだ。
個人的にはどう考えても話すほうが難しいのだが、書くほうが難しいという人に一度どう難しいのかということを聞いてみたい。
あとは平常心であろう。週も半分きて、少しそわそわし始めているところのニアミスであった。要するに動揺したのである。
もう少し落ち着いた、腰の据わった人間になりたい。
2012年6月26日火曜日
最期まで美しく、簡素に
事故証明を取りに行った帰り、多磨霊園をぶらりと散歩した。今日は晴れて日差しは強いが、木陰に入るといい風が吹いており大変気持ちがいい。
初めて訪れたのだが、その名前を耳に挟む程度には大きな霊園である。縦に突っ切っても1km以上あるところに、少し遠回りをしてしまったのでおそらく駅まで都合3kmぐらいは歩いたはずだ。
あまり中に入り込んで眠る人々の邪魔をする趣味はないので、大きくブロック分けしている主要な通り沿いを歩く。そういった通り沿いの区画はいい区画なのか、敷地も縦5m横3mぐらいと大きめで、立派な墓石が建っていることが多かった。大学病院の慰霊碑等も見受けられ、時折頭を下げつつも、ちょっとした「お宅探訪」気分で軒先というか、墓前を失礼する。
見上げるような大きい碑あり、閉ざされた門扉あり、敷地の中に茂る木々ありと個性あふれる墓の中で、ひときわ心惹かれたのが広い敷地の中にただ何かしら言葉が墨書きされた、角材サイズの四角柱のみぽつりと立っている墓所であった。他には何もない。放置されているのか、少し草が生えていた。
いつ死ぬかはわからないけれど、延々病と付き合って死ぬよりもあっさり死んだほうが幸せだと思うし、そういったさっぱりとした終わり方をするのであればその後のことも簡素にしてほしい。漠然と、そんな風に思っている私は、墓所をこういう形式にしようと決めた人の趣味を讃えたいと思った。石も土地も無限ではないのだし、こういうのもありなんじゃないだろうか。
でもまあ、先にあれだ。簡素に、美に至るまでに、懸命に生きなければなるまい。そう思いながら、多磨霊園を後にした。
初めて訪れたのだが、その名前を耳に挟む程度には大きな霊園である。縦に突っ切っても1km以上あるところに、少し遠回りをしてしまったのでおそらく駅まで都合3kmぐらいは歩いたはずだ。
あまり中に入り込んで眠る人々の邪魔をする趣味はないので、大きくブロック分けしている主要な通り沿いを歩く。そういった通り沿いの区画はいい区画なのか、敷地も縦5m横3mぐらいと大きめで、立派な墓石が建っていることが多かった。大学病院の慰霊碑等も見受けられ、時折頭を下げつつも、ちょっとした「お宅探訪」気分で軒先というか、墓前を失礼する。
見上げるような大きい碑あり、閉ざされた門扉あり、敷地の中に茂る木々ありと個性あふれる墓の中で、ひときわ心惹かれたのが広い敷地の中にただ何かしら言葉が墨書きされた、角材サイズの四角柱のみぽつりと立っている墓所であった。他には何もない。放置されているのか、少し草が生えていた。
いつ死ぬかはわからないけれど、延々病と付き合って死ぬよりもあっさり死んだほうが幸せだと思うし、そういったさっぱりとした終わり方をするのであればその後のことも簡素にしてほしい。漠然と、そんな風に思っている私は、墓所をこういう形式にしようと決めた人の趣味を讃えたいと思った。石も土地も無限ではないのだし、こういうのもありなんじゃないだろうか。
でもまあ、先にあれだ。簡素に、美に至るまでに、懸命に生きなければなるまい。そう思いながら、多磨霊園を後にした。
2012年2月22日水曜日
なんどでも、くりかえして、ちがうひとと
「ググレカス、とかいうけどさー、知ってんなら教えてやれよー、と俺思うんだよねー」
肉を焼いて食うのに飽き、ついでに酒の勢いもあるのか彼はそういった。
それを知らせるためのハードや通信のコストを指摘したけれど、彼はもういちど、知ってんだったら教えてやった方が早いじゃん、と繰り返した。
単に自分が知りたいことに出会えなかったときにそういう対応をされると困る、という話だったのだろう。けれども、個人的には質問者が答えを知ったあとの伸びしろにかける姿勢ような気がして、ちょっとそんな世界もいいかなーと思った。
人がとあることをはじめて知った、その先に起こることを100%当てることなど誰もできない。まあ99%普通の発想になるのだろうけれど。だけれど、残り1%で発展があるかもしれないのなら、それにかける方が面白いように思う。
何かを知らない誰かのために、なんどでもくりかえして、呟いたり書いたり叫んだりで世の中埋め尽くされてしまえばいい、と、ニンニクに火が通るのを待ちながらぼんやり考えた。
肉を焼いて食うのに飽き、ついでに酒の勢いもあるのか彼はそういった。
それを知らせるためのハードや通信のコストを指摘したけれど、彼はもういちど、知ってんだったら教えてやった方が早いじゃん、と繰り返した。
単に自分が知りたいことに出会えなかったときにそういう対応をされると困る、という話だったのだろう。けれども、個人的には質問者が答えを知ったあとの伸びしろにかける姿勢ような気がして、ちょっとそんな世界もいいかなーと思った。
人がとあることをはじめて知った、その先に起こることを100%当てることなど誰もできない。まあ99%普通の発想になるのだろうけれど。だけれど、残り1%で発展があるかもしれないのなら、それにかける方が面白いように思う。
何かを知らない誰かのために、なんどでもくりかえして、呟いたり書いたり叫んだりで世の中埋め尽くされてしまえばいい、と、ニンニクに火が通るのを待ちながらぼんやり考えた。
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