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2012年1月13日金曜日

13:人体と工業品を一緒に考えていませんか

もう1年近く、諸般の症状によりに病院にかかっています。月に一度検査と診察があるのですが、誰かしら職場の人から「治りそうなの?」と尋ねられ、わからないと答えると「なんでわからないの?」と呆れられる、そのたびにちょっと苦い気持ちになります。

我々技術職は、誰か人間が設計したものに対して対応する以上、トラブルに対してはつい「必ず原因があって解決できる」と思ってしまいがちですし、実際そうするのが仕事でもあります。しかし人体はそうはいきません。未だ科学の力をもってしても分からないことはたくさんあります。

医者が何もかも治せるし知っていると思うのは大きな間違いです。何もかも知っていればみんな新薬に躍起になりませんし、医療の進歩なんて必要ないわけです。
そして、知っていてもうまくできないことがあるということをよく理解しておくべきです。投薬ミスや処置の間違いなど、身体的に大きな影響のある明らかな医療過誤については一般的な仕事と同様に損害賠償を請求すべきだとは思いますが、根拠のある判断の元行った治療が結果的に効を奏しなかった、あるいは不幸な結果を招いたからといって起訴するのは大きな間違いでしょう。

そこまで「人間の体の仕組みが分からない」ということに対して否定的である風潮があるにも関わらず、本能的にとはいえ子どもをつくることができる。わからないものを作って増やしているのは自分たち自身であることに気づいていない人間って、やっぱりよくわからないし面白いなあ、とふと思った通院の帰り道、そしてあるいは、それに気づいているけど工業品のように扱っているんじゃないかと思って薄ら寒くなった午後11時過ぎでした。

▼今日の写真:館シリーズ、待望の新刊
ふと気がつくと綾辻先生の館シリーズ待望の新刊である『奇面館の殺人』が発売日を過ぎていたので通院はしごの途中で調達しました。インフルエンザ予防接種で2時間半も待たされている間にぐいぐい読了。暗黒館、びっくり館と幻想方向に強く振れていたシリーズですが、久々の本格卍固めとも言うべきロジック具合にしっかり騙され、感服。

通称で呼び合うといえば十角館を、マスクというと水車館を思い出し、迷路館で披露・時計館で更にブラッシュアップされた折り紙が意外な所で役に立ち、と、これまでのシリーズを思い出させるモチーフが随所に散りばめられているのもファンとしては悶えました。

その月に出た本を買うなんて久しぶりかも。ものすごーーーく面白かった!

▼あとがき
ちょっと読書ブーム来てるなあ…色々やらないといけないことはあるけれど、折角ある本達をたくさん読みたい…うーん。

2011年12月15日木曜日

4週28日の入院を振り返ってみる(~13日目)

母来る
とうとう母がやってきた。水曜日だったから、11日目のことである。前週に来たかったけれど、実家の近所に住む父方の祖母が骨折していてその面倒をみていたから無理だったとのこと。祖母の世話を叔父の家と交代して、こちらに来てくれたそうだ。
諸々整理して、タオル類などを洗濯するべく私の部屋へと帰っていった。そう、父に
「お前、泥棒入ったかと思ったで」
と言わしめた、私の部屋へ…。
しかしそこは母である。その日から奮起し、室内はもちろん冷蔵庫までぴっかぴかに磨き上げ整頓してくれた。
この話を見舞いに来てくれた職場の人達に話した所、「男親は役に立たないからね…」と男女問わずコメントをもらうに至った。ちょっと世のお父さん方が気の毒な気がしなくもないし今回衣類を運んできてくれた父にはかなり感謝しているけれど、うん…なんかわかる…。

母は毎日、朝は洗濯、買物。昼過ぎに来てくれ、17時頃の送迎バスで帰っていく。なかなか長じてからゆっくり話す時間はなかったから、今回こういう機会にでも持てて本当に良かったと思う。父方の家系についても話ができたりして面白かった。
我が家にはテレビもラジオも無いので、帰っていった後はひたすら本を読んでいたようだ。ちょっと申し訳ないことをしたと思う。

暇にあかせてヘルプセンタ
そんな安定した容態が徐々に知れ渡ったのか、現地作業中の同僚から時折電話が入るようになった。
「タニモトさん、Sleepってどう書くんだっけ~」
「書いてみたけど効かないよ~」
「○○の資料あったら送って~」
普段だったら「自分で調べてよう!」と返すところだけれども、動けない穴を埋めてもらっている以上、それぐらいはお安い御用である。

さくさく調べて返信していたが、ある朝今度はナイスミドルから電話がかかってきた。PC2台に対し、モニタ2台をどちらでも映せるようにしたいとのこと。その時の頼み方がひどかった。
「お前、どうせ暇だろ?」
確かに暇だ!しかし、人は事実を指摘された時ほど腹が立つものだということを、覚えておいたほうがいいよ…。
結局、切替器をいくつか使うことで運用可能であると返答した。その後も何度か問い合わせがあり、私のベッド上はiPod Touchの他Let'sNoteがあり電源ケーブルが延長され、と、なんだかひどい様相になっていった。でも逆に考えれば環境と頭と口さえあれば、ベッドから動けなくてもヘルプセンター業務はできそうだ。病院に長期にわたり入院せざるを得ない人たちの労働のヒントにならないかな、と思う。
ちなみに、私の怒りが何かに通じたのかナイスミドルが使っていたPCのうち、1台がその後壊れたらしい。折角切替器買ったのに!と涙目になっていたがそんなことは預かり知らぬことである。合掌。

リハビリ開始
ずいぶん腰も上がるようになり寝返りもスムーズに打てるようになった金曜の午後、母とお喋りをしていると、黒フレーム眼鏡をかけたお兄ちゃんがやってきた。Mさんというそうで、
「今日からリハビリの指示出てるんで、とりあえず今日はベッド上でできることだけやらせてくださいー」
とのこと。でもまあ確かにベッド上でも身体は動くね、と納得しながら、初期チェックのような柔軟体操のような動作を指示される。
が。できない。できないのである。足を伸ばした長座位の姿勢で、つま先に手が届かない。あれ…と不思議そうな顔をするMさんに
「すみません…身体、超固いんっす…」
と恥を偲んで申告する。事故の影響でも何でもなく、コレが俺のデフォルト…!身体の柔軟性なんていらないと思ってたけど、こうやって改めて測るとなると若さの割に硬すぎるのでちょっと恥ずかしいぞ…。
Mさんはさすがプロだからか、
「あ、そうなんですね☆」
と軽く流してくれたが、横で見ていた母は私のヘタレぶりに大爆笑していた。ひどい。
恥を晒した後はぐいぐいと足裏マッサージを受ける。筋肉を解しておく目的だそうだが、単純に気持ちよく大変幸せな気分で受けてしまう。次は月曜日、ということで最初のリハビリは終了。

正直、リハビリというとリハビリ室に行ってトレーニング、というイメージがあったのでちょっと驚いた初日であった。本当は寝たきりの人にも必要なんだよなー。目から鱗な金曜日であった。

(つづく)

2011年12月14日水曜日

4週28日の入院を振り返ってみる(~8日目)

腹痛の悪夢を乗り切り、ようやく心安らかな療養生活が始まる…と思ったらそうはいかなかった。原因は同室の患者・Sさんである。

Sさんはは典型的な『社交好きなおばさん』で、良くも悪くも好奇心旺盛な方であった(その好奇心が後日別の患者さんの大きな助力となる)。部屋を移ってきた時の印象は「身奇麗にされてるけどこの濃ゆいメイクは一体…」であり、特に目力の凄さは筆舌に尽くしがたいものがあった。とりあえず目力に負けずにコミュニケーションを何度かとったものの、彼女のお眼鏡にはかからなかったのか特に話すことはなくなった。ある程度話があった方、聞き役に徹する方をそれぞれ見つけられて、女子学生よろしくリーダーと取り巻きという形を取った一つのコミュニティが出来上がったようだ。

ヒトというのは盛り上がるとついつい声が高くなりがちである。彼女たちは廊下は寒いので病室内で関係を深めていくが、おかげさまで本を読んでいたりすると一向に集中できない。回避するにもベッドから移動できない身なのでいかんともしがたく、遮音性の高いインナーイヤー型のイヤホンには本当にお世話になった。

2011年12月12日月曜日

4週28日の入院を振り返ってみる(~6日目)

*今日はおシモな話ですのでご承知おきの上続きをお読みくださいますようお願いいたします。

2011年11月29日火曜日

松葉杖での家事難易度早見表(暫定版)

☆-カンタン ☆☆-普通 ☆☆☆-ちょいむず ☆☆☆☆-出来ればやりたくない ☆☆☆☆☆-無理

洗濯:☆(突っ込むだけだから変わらない)
トイレ掃除:☆☆(ちょっと前傾になるけど耐えられる範囲)
物干し:☆☆☆(干すときに座れれば難易度は下がるかも)
調理:☆☆☆(冷蔵庫の下の段が引き出しだったりすると涙目)
風呂掃除:☆☆☆☆(手の届く範囲にしておこうと思う)
掃除機:☆☆☆☆☆(どう考えても片足ではかけられない)
床拭き:☆☆☆☆☆(同上)

まとめ:
掃除が重労働であることが浮き彫りになったと思う。世のお掃除担当の方に感謝。

2011年11月24日木曜日

松葉杖は苦難の道程

久しぶりに外出してみた
先週の土曜日に退院して以降、初めて外出した。今日が木曜日なので、土曜の午後から丸5日ぶりの外である。しかも退院日は病院の玄関から自宅の前まではタクシーだったし、入院中にリハビリで松葉杖をついて病院建物外を散歩したのもせいぜい10分程度。あとは病室からトイレ、自販機。帰宅してからは8畳ワンルームの中。それだけがここ1ヶ月の移動範囲である。
それを今日は思いつくままぶらぶらと、ただし交通量の少ないところを選んで散歩してみようということになった。母も私もほとんど部屋に引き篭っている。これはよくない、と二人の意見が一致した。

舗装路、意外にきつい
自宅は築29年アパートの3階で、もちろんエレベーターなどついていない。外に出るには階段を降らなければならない。これは退院してきた日に一度地獄を見ているので承知済みだったので、とりあえず死ぬ気で下る。記憶に反して階段の内側はコンクリートではなく鉄柵でできていたので、それにつかまりながら何とか降りた。この鉄柵がもう30cm低かったら楽なのに…!
降りきって、久々の地上を松葉杖で体を支えつつ右足で踏みしめる。昼下がり、日があたってそれなりに温かい。おお…外だ…と思いながら、アパートの裏手の道をゆく。が、どうも息が上がる。おかしいな?運動不足といっても一応日常生活で杖使ってたんだけど…と思いながら歩を進めたが、どうも左腕にかかる負担がかなり大きい。右より、より支える必要がある状態なのだ。
ふと、ものすごく左に傾斜している道であることに気がついた。目視ではっきりわかるレベルだったがこれまでは全く気づかなかったし、母も私が指摘するまで気が付かなかった。進行方向に対する傾斜であれば構わないのだが、左右どちらかへの傾斜はかなりこたえる。さすがにこんなトレーニングはしてこなかった。市道か町道か私道かわからんが、涙目である。

長時間歩けない
いやまあまだ杖ついてるのにそんな長時間歩くなっていう話なんですが。
私はもともと筋力もないのだが、病院の中でちょろちょろ移動する分には息切れもなく割とすいすい動けていたので、大丈夫だと思っていた。が、しょっぱなから傾斜にやられたこともあってか、1ブロック移動する毎に立ち止まる勢い。腕もだるいし、それ以上に手のひら・手首に来ている。ダメ…これ以上支え切れない…と言わんばかりに、隙あらばぷるぷるしだしてくれる。30分ほどぶらりと放浪して帰る頃には手のひらで杖を握って体を持ち上げると小指がびりりとしびれてくる始末だった。

正直松葉杖舐めてた
「デスクワークなら、退院後すぐに復帰できますよ」とは言われたものの、母や周囲の「もうちょっと休め」というお叱りもあり渋々休んでいたのですが、彼らが正しかった…。デスクワークとはいうものの、常駐先でのSE業務に外勤はつきものである。この状態では時間通りに外勤先につける気がしない。お見舞いに来てくれた方が「松葉杖だと徒歩10分は徒歩30分」とおっしゃっていた意味がよくわかる。10分も杖ついてられない!
これはちょっと、午前と午後でトレーニングするしかない…と恐怖の階段を杖のみで上がりながら腹をくくったのでした。もう今回限りにしたい、松葉杖。

2011年11月23日水曜日

2011年11月19日土曜日

4週28日の入院を振り返ってみる(入院日)

10月23日(入院日)
午後9時頃、自宅近くのスーパーに行く途中で交通事故にあった。私徒歩、相手は車。
信号・横断歩道のない交差点をY軸マイナス方向から左側を歩いて渡ろうとしたところ、同方向からX軸マイナス方向に左折する車があった。このため、一旦立ち止まり、左折車が待ってくれていることを確認、更にX軸左右を確認したつもりであったが、X軸プラス方向から来た当該ワンボックスカーと接触した模様。
接触時、「はねられた?」「なんで?」と思いながら着地。ぶつかったと思わしきドライバーが「大丈夫ですか?」「すぐに救急車と警察呼びます」と迅速な対応。下肢に力が入らず動けない状況。この時点で反対車線付近まで飛ばされていることに気づく。どこからか親切な女性が二人ほど現れ、アスファルトでは頭が痛いでしょうとジャンパーを貸してくれたり、後でなくなると困るでしょうからと靴と眼鏡を回収してくれ、そして励ましてくれた。名も知らない通りがかりのお二人にはずいぶん助けられた。

程なくして救急と警察が到着。救急車に収容される。氏名、住所、生年月日等を確認。意識の混濁を見るためか、何月何日か問われ一瞬焦る。休みの日だからそんなもの覚えてはいない。ありったけの記憶を動員して金曜日の日付を思い出し、なんとか正解することができた。TPRBPの測定、疼痛箇所の確認。接触時点で思ったことは覚えている割にどのあたりで接触したか記憶がない。なんとなく嘔気がある気がしたのでそのように申告する。出血箇所にガーゼのみ当てられ、消毒しないのは医療行為に当たるからか?とぼんやり考える。搬送先も決まりそうにないしちょっとうとうとしとくか、と目を閉じると「タニモトさーん、できれば目は開けておいてください…」と起こされる。そうか、バイタルサインか、と納得。そういえば瞳孔の反応も確認された。
搬送先に職場近くの病院を挙げられ、老人介護施設がついていることしか知らなかったため驚く。するすると救急車は滑り出し、多摩川を越え、病院着。人生初の救急車であった。

レントゲン、CT、MRIをとる。検査台への移乗が痛くて涙目。画像診断後、レントゲン台に乗ったままの私のもとに当直医がずかずかとやっていきて「タニモトさん、入院だわ」と告げる。「脳は問題ないね。ただ、左の大腿骨、股関節近くの一番細くなっているところが素人の僕が見ても折れているように見える。ここが折れていると人工骨頭置換術といって5時間手術、退院するまで1ヶ月コースだね」。そうか、入院か。手術か。ええー…と困る前になんだか腑に落ちてしまった。痛いだけに諦めがついたのかもしれない。左脚だけなのか、とか、いくつか質問をした記憶があるが、先生は答えるたびに「大腿骨頚部骨折、人工骨頭置換術が必要で5時間手術」と繰り返し、大事な事だから3回言いましたを生でやられた格好になった。

別室に移され、アナムネ(入院後、様々参考にしたい項目アンケート)を渡されたので記入する。ADL(日常生活がどれぐらい自分で出来るか測る項目)を照らしあわせていると、更衣・整容・移動・排泄・入浴などすべて介助が必要な状況である。あまりの低さに笑えてきた。家族や知人への連絡について尋ねられるが、ちょろっと夜食を買いに行く程度のつもりだったので携帯を持ってきていない。救急当直の看護師さんの機転により、病院の電話を借りて実家に電話。幼少より電話番号が変わっていなくてよかった。最近引っ越して電話が変わりました、とかいう話だったら覚えられていた自信がない。母が出た。なんといったものか一瞬迷ったが、「あのー、残念なお知らせなのですが…交通事故に遭いました…はは…」と笑ってごまかした。当直の脳外の先生は手術だと言っているが念のため明日再検査するであろうこと、入院先の病院名を伝え、常駐先の電話番号を調べて明朝連絡して欲しい旨お願いした。母の声音は冷静ではなかったが、聞くべきことをちゃんと聞いてくれたので助かった。

ストレッチャーにもう一度移乗し病棟に上がる。「大部屋でいいかしら?」ええ、結構です。4Fの大部屋に入室、一番手前のベッドが当面のすみかとなるらしい。病棟のベッドに移乗する。病棟の看護師さんが丁寧に名乗って、「申し訳ないんだけど、決まりなので一緒に確認していただけますか」と差し出されたのは自社製品にもある転倒転落スコアシート。まさかこの年で使うことになるなんてね…はは…とうなだれつつ危険度Ⅰと判断、看護計画についても確認(疼痛コントロールとかなんとかあった気がする)してサインした。看護計画の用紙が、ワープロ打ちであるものの質の悪いコピーのような見栄えだったのが気になった。尿意が極まっていたので尿器をあててもらいなんとか用を足す。尻が器にはまると関節が痛い。折れているのだなあ、としみじみ実感した。
疼痛があるものの眠れないほどではなかろう、また脳外の先生に処方出してもらうのも面倒臭い、ととにかく目を閉じた。なんとか眠れたようだった。

***

今となっては診断も正しくついた状態なので先に書いてしまうが、大腿骨頸部は折れていなかったし手術も必要なかった。ただし、この脳外科の先生の誤診(というにはちょっとアレだな。専門外だったし大腿骨骨折「疑い」ぐらいの診断をつけてくれたとは思うので)は大変ラッキーな方向に働いたように思う。
あの時点で立つことは困難だったので帰されはしなかったと思うが、あの時点で「とりあえずなにもなさそうですが痛いようだったら一晩泊まって帰りなさい」ぐらいの言われ方だったとしたら、もうちょっと気合で動かそうとしていたかもしれない。動かしていたら、骨がずれて手術が必要になっていたかもしれない。
事故にあったのは不運であったが、被害や搬送先、診断についてはかなりラッキーだと思っている。退院した今でも、それは変わらない。

創傷の処置については予想したとおり、処置が決められていた。ここを参照してもらうと
第六条第一項(三)創傷に対する処置
創傷をガーゼ等で被覆しほう帯をする。
となっていたので消毒は行わなかったのだろう。

とりあえず最初の晩は痛いながらも平穏に過ごしたような記憶がある。喉元過ぎただけではないはずだ。
かくして、28日間の多くを過ごす440号室6ベッドでの生活が始まる。

続き→4週28日の入院を振り返ってみる(2日目)

2011年11月17日木曜日

整形外科の入院層とか原因とか聞いていて思ったこと

ジャスト4週28日目で退院できそうな感じだぜヒャッホウ!
夜半の搬送、当直脳外科医の誤診によるラッキーな入院、手術の回避、移乗で走る激痛、ベッド上安静下の戦い、なぜかスイスイ乗れた車椅子、恐怖の松葉杖階段昇降…。まさに走馬灯のように思い出されます。

そんなんで割と長く入院していたために、もはや大部屋の主呼ばわりされる始末。たしかに何人もの患者さんが入院しては退院していき、私が最古参になって久しい状態です。
女ばかりの6人部屋は聞きたくなくてもそれぞれの事情がうるさいほど耳に入ってしまうもの。

骨折患者ばかりの整形外科で、同年代は院内にもほとんどおらず、同室はみな2回り3回りぐらい上のお姉様方でした。
年を取るほど骨が弱くなるしなあ、と思って納得していたのですが、骨折の原因はほぼ2つに割れました。
ひとつは、日常生活で布団やコードに足を取られて転んでしまったパターン。これはなんとなく想像がつきました。
が、もうひとつ。自転車との衝突事故も、同じぐらいかそれ以上の数、挙げられていたのでした。20人入院して9人が自転車事故、さらにその半分が手術(ボルトをいれて止めたり人工関節をいれたり)ぐらいの勢いです。えー、そんなにみんな事故にあってるの!?

この数はたまたまかもしれませんが、思ったのは
「退院したら自転車事故用の保険探そう…」
ということでした。
注意していたつもりでも不幸にして事故に遭うということは今回身をもって味わっています。加害者になった時にはやはりそれ相応の賠償を行いたいところですが、正直実費+αを払える自信がありません。コルセットとか、採寸してしっかり作るとちょうお高いですし。また、手続き諸々を保険会社に任せられるのも魅力だと思います。

これだけ自転車事故に遭う人が身近にいると、歩車分離で自転車の車道ルールはわからなくもない。だけど、車道を走れっていうのは正直無理があるよなあ…と物思う晩秋の入院生活でした。

ちなみに「自転車でぶつかっただけだから」とあなどり、一声かけるだけで現場を離れるのは立派なひき逃げ犯です。絶対にやめましょう。
また、直後は何ともなくても後で激痛ということがままあるようなので、大丈夫だと言われても連絡先を渡しておく方が親切かもしれません。