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2012年1月14日土曜日

14:感謝御礼!二足歩行に戻りました

今日、ついに病院に松葉杖を返却し、二足歩行に戻りました。受傷したのが昨年の10月23日だったので、3ヶ月弱、寝たきり(2w)→四輪(1w)→二杖一足(5w)→一杖二足(3w)の変遷を経てようやく、と言った感じです。まだ若かったからよかったものの、年をとっているともう少し治りが遅くなるとか。

半日ほど杖なしの生活をしていますが、まだ立つ時に杖を探してしまいますし、歩き方も受傷前と全く一緒というわけにはいきません。筋力や柔軟性が大分落ちているようで、駅から10分程度の家路を歩くだけでも、股関節周りが疲れてきました。疲れた時用および外出時のコンディション万全じゃないよアピール用にしばらく登山用のストックを持ち歩いておこうと思っています。

とりあえず骨は癒合しているようですが、杖がある時点でも移動が多かったな、という日は痛みが出ていたのでちょっと様子見になりました。耐えられないほどじゃないのですが、薄くじくじくとした感じが残っています。単に筋を使っていないからというだけなのか、それとも何か後遺症なのかというのをこれから判断していこう、といったところです。

受傷時から色々心配してくださったりお声がけくださった皆さんのおかげで、ほとんど気が滅入ることもなくぽわーんと気楽に生活することができました。本当にありがとうございました!

▼今日の写真:さらばコルセット
入院して1週ぐらいで作ったコルセットとも今日でお別れです。腰が辛くなったらまたつけるかもしれませんが、一区切り、ということで記念写真(?)。

骨盤という位置にあるばかりに寝ている間にいつの間にかずれ上がってしまっていたこと、離床可能になってからは毎度毎度あまりに適当に巻きすぎて「タニモトさん、全然位置があってないよー」とリハビリ担当のMさんに突っ込まれ続けたこと、お見舞いに来てくれる人たちには「それやってて楽?」と存在価値を突っ込まれ続けたこと、実家に帰省した際に脱衣所に置いてあった切り花の入ったバケツにダイブさせてしまったことなど、なんというかちょっと「可哀想な子」ポジションである思い出ばかりが浮かんできます…。

いやでもきっとコルセットがあったからずれもなく、大きな痛みもなく過ごせたのだと信じている!

▼あとがき
明日、早速髪切りに行ってきます…本当は事故った次の週に行く予定だったもので。伸びまくりました。

2012年1月10日火曜日

10:どのみち人生楽じゃない

▼今日の写真:かに道楽土産
事務管理職お洒落番長Jさん(カニ大好き)にいただきました。わーい!

おせんべいもさることながら、このかに道楽のネーミングもすきです。「かにべえ」。ストレート。烏龍茶を頼むとかに道楽の名前入りの「とりあえずお茶」というペットボトルが出てきたり。もう、かに以外はともかくかになんだよ!うちは!!という意気込みが感じられて大好き。

会社は大阪なんだろうな、と思って確認してみたら、やっぱり大阪でした。ベタさがいい。

▼今日の思うこと:好きなように生きればいい
今日も計3箇所ぐらいで治癒にはまだ少しかかるもののいわゆる軽快状態であることを説明してきました。

結構反応はまちまちで、「まあ飛び出すような人には見えないし…」とおっしゃってくださる方、「あそこは危ないんだから絶対渡っちゃダメだよ!」と叱ってくださる方、「ハイキング用のスティック、お貸ししましょうか?」と申し出てくださる方と色々でした。ひとつの物事に対して、かくも皆さん反応が違うのか…とちょっと楽しかったです(もちろん色々考えてくださることには厚くお礼しましたよ)。

本当はなんだっておんなじで、極端な話人生も一つの問題に対していろんな答えがあっていいと思うのです。「もうちょっと出てこなくてよかったのにー」という憎まれ口でも、「保険屋との交渉やってあげるよ!」という意気込みでも、アピールするのと同じように、自分の人生の一つのポイントに対してどう臨んでいくか、自分で決めることが出来るはずなんですよね。

入試や卒論、就活に苦しんでいる人たちがたくさん見られる季節となりました。「ここの大学じゃあランク低いから終わってる…」とか「会社に入れなかったらどうしよう…」とかじゃなくて、「こうしたい」「ああしたい」があった方が、人生面白いんじゃないでしょうか。

どうか、「周りが言うから」ではない人生の一歩を踏み出せることを、お祈りしています。

▼あとがき
周りがじわじわ風邪っぴきになってきた…やばい!

2012年1月7日土曜日

7:やっぱり物事面倒がらないほうがいい

▼今日の写真:七草買ってみた
スーパーに行ってはじめて今日が7日だということに気づきました。入ってすぐのところに置いてあった七草セット、値札を見ると199円というおてごろ価格です。実家は「七草美味しくないし、さほど暴飲暴食しているわけでなし」ということで七草粥を食べる習慣はありませんでしたし、一人暮らしを始めてからもなんとなく買わずにいたのですが、今年はどういうわけか気が向いたので簡単に作ってみることに。

本当は朝に食べるもののようですが、そのあたりは大目に見てもらうことにしてお夕飯のメニューに組み入れです。昨日ご飯を炊いたところだったので、だし汁を温めてごはんと下茹でして刻んだ七草を投入してできあがり。おかゆと言うよりお雑炊の体となりました。

一口食べるといかにも身体によさそうな草の青い風味とだしの風味が広がって、個人的にはけっこう好きな味。しかし古式に則ると塩味だけらしい…うーん、それはちょっと厳しかったかも。

何はともあれ、今年は無病息災に過ごせますように!

▼今日の感動:ささくれの多い手が見事に復活した
寒いので食器を洗うにもお湯を使っていたところ、指先がかさついてささくれができるようになってしまいました。ささくれができると気になって剥きたくなる…そして痛い…。

そんな時、ふと昔ネイルサロンのお姉さんに聞いた「とにかく保湿!」「お湯+洗剤を使う時はゴム手袋!」という対策を思い出したので、早速実行することに。ハンドクリームはけっこう気をつけて塗っていましたが、ついつい面倒でしていなかったゴム手袋。使い始めて数日、早くもささくれがなくなりました!すごい!

あまりの即効が嬉しく、今日は意味もなく自分の手を撫でています(笑)。プロの言うことで、聞いて納得できることはちょっと面倒でもやったほうがいいですね。効果が出た時の嬉しさと言ったらない!

▼あとがき
買い物ついでに事故に遭った場所をはじめて通ってきました。元々流血の大事故ではありませんでしたし2ヶ月半経っているのでまあ普通の道路だったわけですが、やっぱり妙な感慨がありました。

2012年1月4日水曜日

4:更に寒くなってきたので外出の際は暖かくしましょう

▼今日の写真:Books Kioskの深イイカバー
新大阪から新幹線に乗るとき、読む本を持っていない時は大体在来線構内のBooks Kioskにお世話になります。品揃え自体はビジネスマン向け(マドンナ文庫含む)+売れ筋といった感じで「これは!」という感じではないのですが、つけてくれるカバーの色がいい。

今回購入したのはビジネス書で、同系統の書籍によくあるソフトカバーの単行本だったのですが、写真の通り深緑でロゴの下にほんの少し色の違うラインが入っています。文庫の時はこれまた深目の青で同じようにロゴが抜かれているものが使われます。

紙質といい色といいかなり好み。新書や四六版ハードカバーが何色のカバーなのか、ちょっと気になります。

▼今日の感動:寒い!
休養を経てついに出社しました。最後に出社したのが10月20日だったのでかれこれ2ヶ月半ぶりぐらいになるでしょうか。

休養中は外出を最低限にしていたこともあり、日中ずっと家の外にいるなんて久しぶりです。特に、日が暮れてからは本当に一歩も出ていなかったので、今日の帰路は新鮮でした。18時頃、冷たい風が吹きすさぶ中、こつこつ歩いていると、耳が冷えすぎてきーんと痛くなってきました。部屋にいるのとはまた違う寒さ。生きてるー!という妙な実感が湧いてきて、ちょっと楽しくなったのでした。

でも明日はニットの帽子かネックウォーマー持っていきます。三半規管もへなちょこなタニモトとしては、これで目眩と怪我のコンボとかになったら目も当てられませんし。無理しない。

▼あとがき
出社はいいけど仕事なかったらどうしよう…と思っていましたが、なんとか恵んでもらえました。今週はとりあえず安泰で、ほっとしています。

2011年12月16日金曜日

2011年12月16日:図書館レファレンス係の苦労の結晶、公開中

▼今日の写真:絹5本指靴下
毎年家族に驚かれるレベルで末端が冷えるワタクシ。今年は冷えとり靴下健康法にチャレンジしてみることにしました。
残念ながらよく体験談にのっているような、やってみて劇的に温まったということはなかったのですが、つま先全体が冷たい状態から個々の指がちょっと冷たいぐらいの感覚にはなりました。とくに冷たい指とそうでない指があったのかな?
少しながら改善が見られたのでちょっと続けるつもり。

▼今日一番心動かされたこと:レファレンス協同データベース
レファレンス(refarence)は「参考・参照」を意味する言葉ですが、図書館の業務の一つにこのレファレンス業務というものがあります。利用者からの問い合わせに回答します、というサービスで、公共図書館では無料で行われています(多分)。
で、今日たまたまTwitterで「レファレンス協同データベース」の存在を知りました。要するに、各図書館で問い合わせがあった内容をみんなでシェアしましょう、というデータベースです。図書館でレファレンス依頼があった際にここを参照すれば短時間での回答が可能ですし、また一般も参照できるのでぱらぱらと見ていても面白いです。
今日私が見たレファレンスの依頼内容は「東京海洋大学客員准教授「さかなクン」の本名が知りたいです。」でした。これに対して本名だけ答えるのではなく、きちんと典拠資料の記載も一緒に横浜市中央図書館さんが回答されています。多分、みなさんが予想されているよりもきっちりと調べているはずなのでぜひ一度見てみてください。私はちょっと感動してしまいました。
豆知識を増やしたい方は時々覗いてみると面白いと思います。

リンク:
レファレンス協同データベース
東京海洋大学客員准教授「さかなクン」の本名が知りたいです。 / レファレンス協同データベース

▼あとがき
リハビリは順調です。24日の検査の結果が良ければ次は杖1本・体重2/3負荷になるとのこと。片手が開くのは嬉しいなあ。

2011年12月15日木曜日

4週28日の入院を振り返ってみる(~13日目)

母来る
とうとう母がやってきた。水曜日だったから、11日目のことである。前週に来たかったけれど、実家の近所に住む父方の祖母が骨折していてその面倒をみていたから無理だったとのこと。祖母の世話を叔父の家と交代して、こちらに来てくれたそうだ。
諸々整理して、タオル類などを洗濯するべく私の部屋へと帰っていった。そう、父に
「お前、泥棒入ったかと思ったで」
と言わしめた、私の部屋へ…。
しかしそこは母である。その日から奮起し、室内はもちろん冷蔵庫までぴっかぴかに磨き上げ整頓してくれた。
この話を見舞いに来てくれた職場の人達に話した所、「男親は役に立たないからね…」と男女問わずコメントをもらうに至った。ちょっと世のお父さん方が気の毒な気がしなくもないし今回衣類を運んできてくれた父にはかなり感謝しているけれど、うん…なんかわかる…。

母は毎日、朝は洗濯、買物。昼過ぎに来てくれ、17時頃の送迎バスで帰っていく。なかなか長じてからゆっくり話す時間はなかったから、今回こういう機会にでも持てて本当に良かったと思う。父方の家系についても話ができたりして面白かった。
我が家にはテレビもラジオも無いので、帰っていった後はひたすら本を読んでいたようだ。ちょっと申し訳ないことをしたと思う。

暇にあかせてヘルプセンタ
そんな安定した容態が徐々に知れ渡ったのか、現地作業中の同僚から時折電話が入るようになった。
「タニモトさん、Sleepってどう書くんだっけ~」
「書いてみたけど効かないよ~」
「○○の資料あったら送って~」
普段だったら「自分で調べてよう!」と返すところだけれども、動けない穴を埋めてもらっている以上、それぐらいはお安い御用である。

さくさく調べて返信していたが、ある朝今度はナイスミドルから電話がかかってきた。PC2台に対し、モニタ2台をどちらでも映せるようにしたいとのこと。その時の頼み方がひどかった。
「お前、どうせ暇だろ?」
確かに暇だ!しかし、人は事実を指摘された時ほど腹が立つものだということを、覚えておいたほうがいいよ…。
結局、切替器をいくつか使うことで運用可能であると返答した。その後も何度か問い合わせがあり、私のベッド上はiPod Touchの他Let'sNoteがあり電源ケーブルが延長され、と、なんだかひどい様相になっていった。でも逆に考えれば環境と頭と口さえあれば、ベッドから動けなくてもヘルプセンター業務はできそうだ。病院に長期にわたり入院せざるを得ない人たちの労働のヒントにならないかな、と思う。
ちなみに、私の怒りが何かに通じたのかナイスミドルが使っていたPCのうち、1台がその後壊れたらしい。折角切替器買ったのに!と涙目になっていたがそんなことは預かり知らぬことである。合掌。

リハビリ開始
ずいぶん腰も上がるようになり寝返りもスムーズに打てるようになった金曜の午後、母とお喋りをしていると、黒フレーム眼鏡をかけたお兄ちゃんがやってきた。Mさんというそうで、
「今日からリハビリの指示出てるんで、とりあえず今日はベッド上でできることだけやらせてくださいー」
とのこと。でもまあ確かにベッド上でも身体は動くね、と納得しながら、初期チェックのような柔軟体操のような動作を指示される。
が。できない。できないのである。足を伸ばした長座位の姿勢で、つま先に手が届かない。あれ…と不思議そうな顔をするMさんに
「すみません…身体、超固いんっす…」
と恥を偲んで申告する。事故の影響でも何でもなく、コレが俺のデフォルト…!身体の柔軟性なんていらないと思ってたけど、こうやって改めて測るとなると若さの割に硬すぎるのでちょっと恥ずかしいぞ…。
Mさんはさすがプロだからか、
「あ、そうなんですね☆」
と軽く流してくれたが、横で見ていた母は私のヘタレぶりに大爆笑していた。ひどい。
恥を晒した後はぐいぐいと足裏マッサージを受ける。筋肉を解しておく目的だそうだが、単純に気持ちよく大変幸せな気分で受けてしまう。次は月曜日、ということで最初のリハビリは終了。

正直、リハビリというとリハビリ室に行ってトレーニング、というイメージがあったのでちょっと驚いた初日であった。本当は寝たきりの人にも必要なんだよなー。目から鱗な金曜日であった。

(つづく)

2011年12月14日水曜日

4週28日の入院を振り返ってみる(~8日目)

腹痛の悪夢を乗り切り、ようやく心安らかな療養生活が始まる…と思ったらそうはいかなかった。原因は同室の患者・Sさんである。

Sさんはは典型的な『社交好きなおばさん』で、良くも悪くも好奇心旺盛な方であった(その好奇心が後日別の患者さんの大きな助力となる)。部屋を移ってきた時の印象は「身奇麗にされてるけどこの濃ゆいメイクは一体…」であり、特に目力の凄さは筆舌に尽くしがたいものがあった。とりあえず目力に負けずにコミュニケーションを何度かとったものの、彼女のお眼鏡にはかからなかったのか特に話すことはなくなった。ある程度話があった方、聞き役に徹する方をそれぞれ見つけられて、女子学生よろしくリーダーと取り巻きという形を取った一つのコミュニティが出来上がったようだ。

ヒトというのは盛り上がるとついつい声が高くなりがちである。彼女たちは廊下は寒いので病室内で関係を深めていくが、おかげさまで本を読んでいたりすると一向に集中できない。回避するにもベッドから移動できない身なのでいかんともしがたく、遮音性の高いインナーイヤー型のイヤホンには本当にお世話になった。

2011年12月12日月曜日

4週28日の入院を振り返ってみる(~6日目)

*今日はおシモな話ですのでご承知おきの上続きをお読みくださいますようお願いいたします。

2011年11月29日火曜日

松葉杖での家事難易度早見表(暫定版)

☆-カンタン ☆☆-普通 ☆☆☆-ちょいむず ☆☆☆☆-出来ればやりたくない ☆☆☆☆☆-無理

洗濯:☆(突っ込むだけだから変わらない)
トイレ掃除:☆☆(ちょっと前傾になるけど耐えられる範囲)
物干し:☆☆☆(干すときに座れれば難易度は下がるかも)
調理:☆☆☆(冷蔵庫の下の段が引き出しだったりすると涙目)
風呂掃除:☆☆☆☆(手の届く範囲にしておこうと思う)
掃除機:☆☆☆☆☆(どう考えても片足ではかけられない)
床拭き:☆☆☆☆☆(同上)

まとめ:
掃除が重労働であることが浮き彫りになったと思う。世のお掃除担当の方に感謝。

2011年11月24日木曜日

松葉杖は苦難の道程

久しぶりに外出してみた
先週の土曜日に退院して以降、初めて外出した。今日が木曜日なので、土曜の午後から丸5日ぶりの外である。しかも退院日は病院の玄関から自宅の前まではタクシーだったし、入院中にリハビリで松葉杖をついて病院建物外を散歩したのもせいぜい10分程度。あとは病室からトイレ、自販機。帰宅してからは8畳ワンルームの中。それだけがここ1ヶ月の移動範囲である。
それを今日は思いつくままぶらぶらと、ただし交通量の少ないところを選んで散歩してみようということになった。母も私もほとんど部屋に引き篭っている。これはよくない、と二人の意見が一致した。

舗装路、意外にきつい
自宅は築29年アパートの3階で、もちろんエレベーターなどついていない。外に出るには階段を降らなければならない。これは退院してきた日に一度地獄を見ているので承知済みだったので、とりあえず死ぬ気で下る。記憶に反して階段の内側はコンクリートではなく鉄柵でできていたので、それにつかまりながら何とか降りた。この鉄柵がもう30cm低かったら楽なのに…!
降りきって、久々の地上を松葉杖で体を支えつつ右足で踏みしめる。昼下がり、日があたってそれなりに温かい。おお…外だ…と思いながら、アパートの裏手の道をゆく。が、どうも息が上がる。おかしいな?運動不足といっても一応日常生活で杖使ってたんだけど…と思いながら歩を進めたが、どうも左腕にかかる負担がかなり大きい。右より、より支える必要がある状態なのだ。
ふと、ものすごく左に傾斜している道であることに気がついた。目視ではっきりわかるレベルだったがこれまでは全く気づかなかったし、母も私が指摘するまで気が付かなかった。進行方向に対する傾斜であれば構わないのだが、左右どちらかへの傾斜はかなりこたえる。さすがにこんなトレーニングはしてこなかった。市道か町道か私道かわからんが、涙目である。

長時間歩けない
いやまあまだ杖ついてるのにそんな長時間歩くなっていう話なんですが。
私はもともと筋力もないのだが、病院の中でちょろちょろ移動する分には息切れもなく割とすいすい動けていたので、大丈夫だと思っていた。が、しょっぱなから傾斜にやられたこともあってか、1ブロック移動する毎に立ち止まる勢い。腕もだるいし、それ以上に手のひら・手首に来ている。ダメ…これ以上支え切れない…と言わんばかりに、隙あらばぷるぷるしだしてくれる。30分ほどぶらりと放浪して帰る頃には手のひらで杖を握って体を持ち上げると小指がびりりとしびれてくる始末だった。

正直松葉杖舐めてた
「デスクワークなら、退院後すぐに復帰できますよ」とは言われたものの、母や周囲の「もうちょっと休め」というお叱りもあり渋々休んでいたのですが、彼らが正しかった…。デスクワークとはいうものの、常駐先でのSE業務に外勤はつきものである。この状態では時間通りに外勤先につける気がしない。お見舞いに来てくれた方が「松葉杖だと徒歩10分は徒歩30分」とおっしゃっていた意味がよくわかる。10分も杖ついてられない!
これはちょっと、午前と午後でトレーニングするしかない…と恐怖の階段を杖のみで上がりながら腹をくくったのでした。もう今回限りにしたい、松葉杖。

2011年11月23日水曜日

2011年11月19日土曜日

4週28日の入院を振り返ってみる(入院日)

10月23日(入院日)
午後9時頃、自宅近くのスーパーに行く途中で交通事故にあった。私徒歩、相手は車。
信号・横断歩道のない交差点をY軸マイナス方向から左側を歩いて渡ろうとしたところ、同方向からX軸マイナス方向に左折する車があった。このため、一旦立ち止まり、左折車が待ってくれていることを確認、更にX軸左右を確認したつもりであったが、X軸プラス方向から来た当該ワンボックスカーと接触した模様。
接触時、「はねられた?」「なんで?」と思いながら着地。ぶつかったと思わしきドライバーが「大丈夫ですか?」「すぐに救急車と警察呼びます」と迅速な対応。下肢に力が入らず動けない状況。この時点で反対車線付近まで飛ばされていることに気づく。どこからか親切な女性が二人ほど現れ、アスファルトでは頭が痛いでしょうとジャンパーを貸してくれたり、後でなくなると困るでしょうからと靴と眼鏡を回収してくれ、そして励ましてくれた。名も知らない通りがかりのお二人にはずいぶん助けられた。

程なくして救急と警察が到着。救急車に収容される。氏名、住所、生年月日等を確認。意識の混濁を見るためか、何月何日か問われ一瞬焦る。休みの日だからそんなもの覚えてはいない。ありったけの記憶を動員して金曜日の日付を思い出し、なんとか正解することができた。TPRBPの測定、疼痛箇所の確認。接触時点で思ったことは覚えている割にどのあたりで接触したか記憶がない。なんとなく嘔気がある気がしたのでそのように申告する。出血箇所にガーゼのみ当てられ、消毒しないのは医療行為に当たるからか?とぼんやり考える。搬送先も決まりそうにないしちょっとうとうとしとくか、と目を閉じると「タニモトさーん、できれば目は開けておいてください…」と起こされる。そうか、バイタルサインか、と納得。そういえば瞳孔の反応も確認された。
搬送先に職場近くの病院を挙げられ、老人介護施設がついていることしか知らなかったため驚く。するすると救急車は滑り出し、多摩川を越え、病院着。人生初の救急車であった。

レントゲン、CT、MRIをとる。検査台への移乗が痛くて涙目。画像診断後、レントゲン台に乗ったままの私のもとに当直医がずかずかとやっていきて「タニモトさん、入院だわ」と告げる。「脳は問題ないね。ただ、左の大腿骨、股関節近くの一番細くなっているところが素人の僕が見ても折れているように見える。ここが折れていると人工骨頭置換術といって5時間手術、退院するまで1ヶ月コースだね」。そうか、入院か。手術か。ええー…と困る前になんだか腑に落ちてしまった。痛いだけに諦めがついたのかもしれない。左脚だけなのか、とか、いくつか質問をした記憶があるが、先生は答えるたびに「大腿骨頚部骨折、人工骨頭置換術が必要で5時間手術」と繰り返し、大事な事だから3回言いましたを生でやられた格好になった。

別室に移され、アナムネ(入院後、様々参考にしたい項目アンケート)を渡されたので記入する。ADL(日常生活がどれぐらい自分で出来るか測る項目)を照らしあわせていると、更衣・整容・移動・排泄・入浴などすべて介助が必要な状況である。あまりの低さに笑えてきた。家族や知人への連絡について尋ねられるが、ちょろっと夜食を買いに行く程度のつもりだったので携帯を持ってきていない。救急当直の看護師さんの機転により、病院の電話を借りて実家に電話。幼少より電話番号が変わっていなくてよかった。最近引っ越して電話が変わりました、とかいう話だったら覚えられていた自信がない。母が出た。なんといったものか一瞬迷ったが、「あのー、残念なお知らせなのですが…交通事故に遭いました…はは…」と笑ってごまかした。当直の脳外の先生は手術だと言っているが念のため明日再検査するであろうこと、入院先の病院名を伝え、常駐先の電話番号を調べて明朝連絡して欲しい旨お願いした。母の声音は冷静ではなかったが、聞くべきことをちゃんと聞いてくれたので助かった。

ストレッチャーにもう一度移乗し病棟に上がる。「大部屋でいいかしら?」ええ、結構です。4Fの大部屋に入室、一番手前のベッドが当面のすみかとなるらしい。病棟のベッドに移乗する。病棟の看護師さんが丁寧に名乗って、「申し訳ないんだけど、決まりなので一緒に確認していただけますか」と差し出されたのは自社製品にもある転倒転落スコアシート。まさかこの年で使うことになるなんてね…はは…とうなだれつつ危険度Ⅰと判断、看護計画についても確認(疼痛コントロールとかなんとかあった気がする)してサインした。看護計画の用紙が、ワープロ打ちであるものの質の悪いコピーのような見栄えだったのが気になった。尿意が極まっていたので尿器をあててもらいなんとか用を足す。尻が器にはまると関節が痛い。折れているのだなあ、としみじみ実感した。
疼痛があるものの眠れないほどではなかろう、また脳外の先生に処方出してもらうのも面倒臭い、ととにかく目を閉じた。なんとか眠れたようだった。

***

今となっては診断も正しくついた状態なので先に書いてしまうが、大腿骨頸部は折れていなかったし手術も必要なかった。ただし、この脳外科の先生の誤診(というにはちょっとアレだな。専門外だったし大腿骨骨折「疑い」ぐらいの診断をつけてくれたとは思うので)は大変ラッキーな方向に働いたように思う。
あの時点で立つことは困難だったので帰されはしなかったと思うが、あの時点で「とりあえずなにもなさそうですが痛いようだったら一晩泊まって帰りなさい」ぐらいの言われ方だったとしたら、もうちょっと気合で動かそうとしていたかもしれない。動かしていたら、骨がずれて手術が必要になっていたかもしれない。
事故にあったのは不運であったが、被害や搬送先、診断についてはかなりラッキーだと思っている。退院した今でも、それは変わらない。

創傷の処置については予想したとおり、処置が決められていた。ここを参照してもらうと
第六条第一項(三)創傷に対する処置
創傷をガーゼ等で被覆しほう帯をする。
となっていたので消毒は行わなかったのだろう。

とりあえず最初の晩は痛いながらも平穏に過ごしたような記憶がある。喉元過ぎただけではないはずだ。
かくして、28日間の多くを過ごす440号室6ベッドでの生活が始まる。

続き→4週28日の入院を振り返ってみる(2日目)

2011年11月18日金曜日

入院生活終盤戦で個人的に辛かったたったひとつのこと

入院当初は患部が痛んだり姿勢が変えられなかったりと随分苦労しましたが、離床許可が出てからはごはんはおいしいし、上げ膳据え膳。風呂はまあ汗かかないから数日に一度で十分。そして日がな一日ぼんやりしていられる!

何度か「退院したいでしょう?」と病院のスタッフの方に心配されるも、実は割と快適なので全然苦になっていなかったのでした。

とくにごはんはおいしいしバリエーション豊かで勉強になりました。ついつい手が伸びなかったタラをトマトソースがけ、スイートマスタード焼き、そしてフライあんかけと様々使いこなしていたのは目から鱗でもありました。

だけれども、

ひんやりした、瑞々しい生ものが食事に出てこない。

これ、地味にキツイです。インスタント麺とかジャンクフードとか、あるいは逆に焼肉とかはまあ我慢できるんです。しかし野菜は常に煮物、和え物炒め物。生野菜はパセリとレモンぐらいです。刺身なんてもってのほか。味しみてておいしいけど…何か違う…!ひんやりした水気のある物が欲しい!

なので週に3回の選択メニューは必ず果物缶が入っているメニューを選ぶようになりました。
また、差し入れにみかんなどの果物をお願いしてみました。乾燥する院内のおやつに重宝しましたが、所詮動かないので1ネット食べ切るのはけっこう辛いです。高齢化のご時世、糖尿の方も多いので、うっかりおすそ分けも当てにできません。そして迫り来る退院の日にむけて、食べるのが辛くなってくる…。失敗でした。

個人的に素晴らしかったのは日持ちのする大き目ゼリー。箱に入っている物だと食べ切るのが辛いので、コンビニやスーパーで1つ買って行けば十分です。

ごはんが美味しかったからこそ言える贅沢なのかもしれませんが…。入院間者は乾いているのですよ!というお話でした。

2011年11月14日月曜日

リストはチェックをつけることも大切です





愛用しているawesome noteのtodoにチェックがつかなくなって3週間。だけれども、今まで計画と実施が主な用途だったリストの使い方については新たな発見があった。

夜半の入院に際し、病棟で待っていたのはSさんという看護師さんだった。お母ちゃんの肝っ玉と気前の良さをもちながら、かといって叱咤するでも甘やかすでもないドライさに、ちょっと珍しいタイプの方だな、と思ったことを覚えている。

いつも「はいはーい」と飛んできてくれるSさんであるが、うっかり計らせておいた体温計を回収し忘れたり、お願いした患部温め用ホットパックを忘れてきたり、検査機器を取り付けにきたのにその機器を忘れてきたりととにかく置き忘れの多い方だった。

「まーたやったー!」という彼女の嘆きはもう耳に馴染んでいるが、その「またやった」に気づくまでのスピードが尋常でなく早い。彼女が常に処置や観察を記したワークシートを持ち歩き、確認しているからである。

リストを作って、まずは正しく行うためにチェックする。これはきっと多くの人がしていることだと思う。あるいは、GTDの週次レビューなどでPDCAを回してもいるだろう。しかし、チェックを行うこと自体はついつい後回しにしてしまっていないだろうか?

チェックが付けられる状態に なったらすぐに確認すれば、多少の忘れものはすぐに思い出せるし、手戻りまでにかかる時間も早ければ大きなミスにもなりにくい。

だから、事後のチェックをすぐ行う人は致命的なミスは犯し難いのではないだろうか。やる前に確認。やってからすぐチェック。なるほどなあ、と思いながら今夜もSさんが来るのを待っている。

2011年11月7日月曜日

ベッド上生活に重要なたった一つの生活雑貨





ベッド暮らしは本当に一歩もベッドからおりられない
入院してはや二週間。骨盤と脚がジョイントしている部分の骨盤側にヒビがいったことから、いわゆる「床上安静」を申し渡されておりました。
仕事で医療系システムを扱っているので言葉自体は知っていたものの、実際の生活にまで思い至っておりませんでした。ほんっとにベッドからおりられない!一歩も歩かない!トイレも風呂も髪洗うのも全部ベッド上。

当然といえば当然です。でも介助していただけるわけだし、と油断していたらば結構大変だったのですよ…。

色々助けてもらう
行動範囲が限られるので、人の手をおおいに借りることになります。先に挙げたような排泄、保清はどうやっても看護師さんの手を借りなければなりませんし、食事時以外に飲むペットボトル飲料なんかも誰かに調達して来てもらうしかありません。
特に飲料については「行ってもいい?」「困ったことない?」と連絡くれた人に500mlペットボトルの水を3〜5本ずつ頼み倒しました。院内ってけっこう暑いし乾燥するんですよね…。
あと、寝相が悪いからかしょっちゅうベッド上からストールを落として隣の人や看護師さんに拾ってもらっていました。
そう、ベッドの外にあるものをとることもできないのです。

モノが取れない、を解決する生活雑貨
テレビ台に乗っているものはまあなんとかとれますが、下の開き戸に入れられてしまうと手が届きません。そうこうしている間に増えるお見舞いのお菓子や本や雑貨…。読みたい!食べたい!でもしまっちゃうととれない…。
仕方なくテレビ台の手の届く範囲に置いたりしていましたが、とうとう一番上の棚に色々山詰んできたとき、整理好きの看護師さんが貸してくれました。




S字フック!!
彼女は他にも夜勤の合間を縫って歯みがきセットやペン、B6ノートを立てておけるサイズの箱に穴をあけてフックで柵にかけられるようにしてくれました。(I田さん本当にありがとう!)
病棟にある、空いてたフックを貸して頂いたので、その後物資調達の御用聞きに来てくださった方に追加で調達をお願いし、お菓子やら本やらフックにかけまくったのでした。

お見舞いの手土産と一緒に是非S字フックを
移動できる人ならば多分フック不要です(というか動かないと筋肉が落ちるので不便でも遠くに置いてもらった方がイイです)が、もしベッド上安静の人ならば一緒にフックも持って行ってあげるといいと思います。
100均で4個1組ぐらいで売っているようなので、行く前にもう持って来ている人がいないか、一応軽く聞いてみた方がまさかのS字フック長者を産まずに済むかもしれません。